プロのアドベンチャーレーサーである田中正人さん。
2023年7月17日には人気番組「クレイジージャーニー」にも出演され話題となっています。
そこで今回は、プロアドベンチャーレーサーである田中正人について調査しましたので紹介します。
アドベンチャーレースとは?
今回紹介する田中正人さんは、プロのアドデンチャーレーサーですが、そもそもアドベンチャーレースとは一体どのような競技なのでしょうか。
アドベンチャーレースは、自然の様々なフィールドで行われる多種目のアウトドア競技です。
山、川、海などが主な舞台で、チームでの参加が一般的とされています。
この競技は通常、スタートからゴールまで夜間を含む3日以上の超長距離レースで、日本国内では1~3日間のレースが多く開催されています。
参加者は、オリエンテーリングを伴うトレッキング、マウンテンバイク、パドリング、ロープワークなどの種目に挑戦します。
レースの内容や規模によっては、チームの人数や競技種目が変わり、1チームは3~7人で構成され、男女混成チームが一般的です。
しかし、レッドブル X-Alpsのようなレースでは、競技者1名と同行者1名による事実上の個人戦も存在します。
アドベンチャーレースの起源は1989年にジェラール・フュジーがニュージーランドで開催した「レイド・ゴロワーズ」に遡るとされており、これが世界初のアドベンチャーレースとされています。
日本国内では、2000年から2005年まで開催されていた「伊豆アドベンチャーレース」や、「アドベンチャーレーシングジャパンシリーズ(ARJS)」(年6戦)、「エクストリームシリーズ」、「里山アドベンチャー」、「X-adventure」などが知られています。
このようなレースで田中正人さんは第一線として活躍されています。
田中正人のプロフィールと経歴
名前 | 田中正人 |
生年月日 | 1967年12月2日 |
年齢 | 55歳(2023年7月現在) |
身長 | 178cm |
血液型 | B型 |
出身地 | 埼玉県 |
現住所 | 群馬県 |
兄弟 | 2つ上の姉 |
所属 | イーストウインド・プロダクション/チーム・イーストウインド |
好きな言葉 | 成せば成る |
田中正人さんは、子供の頃は運動が得意ではありませんんでしたが、体を動かすことが好きになり、学生の頃から山を駆け巡るスポーツ、オリエンテーリングに情熱を傾けていました。
有名な芸人、間寛平さんとの親交が深く、彼と共に「レイド・ゴロワーズ」という過酷な大会に挑戦した経験があります。
このレースは5人一組のチーム(必ず1人以上は女性)で、エンジンや機械的な動力を一切使わず、自身の体力、知識、経験と限定された道具を活用して、約500kmの道のりを2週間で完走するという極限の競技です。
レースは約50か所のチェックポイントを探しながら進行し、さまざまな課題を解決しながら進むという、まさに生き抜く力が問われるサバイバル競走です。
その過酷さから、人間版パリダカールラリーとも称されるほどです。
田中さんはこの厳しいレースを日本人で初めて完走し、注目されました。
この体験を踏まえて、8年間務めた会社を辞め、「Team EAST WIND」を立ち上げ、アドベンチャーレースのプロとしての道を歩み始めました。
彼は海外の大会にも積極的に参加しており、2002年からは「Team EAST WIND Production」を設立し、アドベンチャーレース事業を展開しています。
田中正人の学歴
田中正人さんは、東京都八王子市にある『国立東京工業高等専門学校』の工業化学科を卒業されています。
高等専門学校は一般的な高校3年間プラス専門教育2年間の計5年制の教育機関で、大学に進学することなく専門分野の深い知識と技術を身につけることができます。
ちなみに『国立東京工業高等専門学校は、優れた技術力を持つ卒業生たちを世に送り出してきた名門校として知られています。
その中でも、特にサイバーステップ株式会社社長の佐藤類さんやポケットモンスターの作者である田尻智さんがいます。
高等専門学校を卒業後は、大内新興化学で研究職についており、高等専門学校での専門教育がキャリアにつながったと考えられます。
田中正人の年収
田中正人さんの年収に関する情報は、一切明らかにされていません。
アドベンチャーレースというのは比較的マイナースポーツであり、それだけで生計を立てることは難しいでしょう。
しかし、アドベンチャーレース以外にも、講演会を行ったりメディアに出演したりと、さまざまな活動を通じての収入があります。
さらに、彼が代表を務める「Team EAST WIND Production」は、「macpac」や「ノースフェイス」などのアウトドア関連企業からスポンサーシップを受けているようです。
これらの企業からの支援を得て、田中さんはアドベンチャーレースというアウトドアスポーツの複合競技を日本国内で広める活動を行っています。
戦績
田中正人さんは、数多くの世界的なアドベンチャーレースに出場し、多くの成績を残しています。以下は彼の出場した主なレースと成績のまとめです
- 「レイド・ゴロワーズ」では、1994年のボルネオ大会で日本人初の完走を果たし、15位に入賞。その後も1997年の南アフリカ大会で11位、1998年のエクアドル大会でランク外24位、2000年のヒマラヤ大会で14位という結果を残しています。
- 「エコ・チャレンジ」では、1999年のアルゼンチン大会で日本人チーム初の完走を達成し、15位に入賞。その他の成績としては、1996年のカナダ大会でランク外24位、1997年のオーストラリア大会で特別賞受賞、2000年のマレーシア大会で13位、2001年のニュージーランド大会で11位があります。
- 「サザントラバース」では、1997年と1998年に4位という結果を収めました。
- 「アドベンチャーレーシング・ワールドチャンピオンシップ」では、2005年のニュージーランド大会でリタイヤとなりました。
- 「マイルドセブン・アウトドアクエスト」では、1997年から2004年まで連続して出場し、9位から15位の間の順位を獲得しています。
- 「クロス・アドベンチャー」では、1999年と2000年に数カ国の大会に出場し、最高で3位(日本大会、国内1位)に入っています。
また、マラソンにおいても優れた成績を残しています。特に1993年の「日本山岳耐久レース・長谷川恒男カップ」では優勝し、初代チャンピオンの称号を得ました。その他、1995年の「サハラマラソン」では日本人過去最高の10位を記録し、同年の「ボルヴィック・トロフィー」日本大会では優勝を達成しています。
これらの結果は、田中正人さんが長年にわたり、国内外のアドベンチャーレースとマラソンで高いパフォーマンスを維持し続けてきたことを示しています。
クレイジージャーニーに出演
田中正人さん2023年7月17日には人気番組「クレイジージャーニー」にも出演予定です。
番組内では、ドデンチャーレースの過酷さや司会の松本人志さんとの繰り広げられるトークが放送される予定です。
楽しみですね。
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