サントリーホールディングス5代目社長を経て会長を務めた新浪剛史氏は、日本を代表する「プロ経営者」として知られています。慶應義塾大学からハーバード大学MBAを修了し、三菱商事やローソンでの実績を経て、創業家以外で初めてサントリーのトップに立ちました。
経営において直感を重視する哲学や数々の名言は、多くのビジネスパーソンの指針となっています。その一方で、2025年に違法の疑いがある薬物に絡んで警察当局の捜査を受けを受け、会長職を辞任するという大きな転機を迎えました。本記事では、華やかな経歴から辞任に至るまでの歩みを詳しく紹介します。
プロフィールと出身地
新浪剛史(にいなみ たけし)氏は1959年1月30日、神奈川県横浜市に生まれました。2014年10月、サントリーホールディングスの代表取締役社長に就任し、創業家以外から初めてトップに立った人物として大きな注目を集めています。
経営手腕のみならず、その独自の発想力や人材育成への考え方から「プロ経営者」と呼ばれる存在となりました。
幼少期から高校時代まで
小学校名は非公開ですが、横浜市内の公立校に通い「ガキ大将」と呼ばれるほど活発な子どもだったといいます。中学は横浜市立松本中学校へ進学し、バスケットボール部に所属。部活漬けの毎日を送りつつも、早朝に勉強時間を確保する習慣を築き上げました。
その努力の結果、県内屈指の難関校・横浜翠嵐高校に進学。バスケットボールでは国体代表に選ばれるほどの実力を持ち、学業とスポーツを両立したまさに文武両道の高校時代を過ごしました。
大学・大学院での学び
大学は慶應義塾大学経済学部に進学。在学中にはスタンフォード大学への交換留学を経験し、国際的な視野を早くから養いました。さらに社会人として三菱商事で勤務する傍ら、ハーバード大学経営大学院(MBA)を修了。国内外での学びが、その後のグローバル経営に大きな影響を与えました。
三菱商事からローソン、そしてサントリーへ
1981年に三菱商事へ入社し、砂糖部門からキャリアをスタート。その後、生活産業や流通分野を担当し、外食事業を統括しました。2000年にはローソン改革プロジェクトに参加し、2003年に43歳の若さでローソン社長に抜擢。コンビニ業界の新たなビジネスモデルを打ち出し、企業価値を大きく高めました。
この実績が評価され、2014年にサントリー顧問を経て5代目社長に就任。飲料・酒類にとどまらず、世界市場を見据えたグローバル経営を展開しています。
2025年・会長辞任の経緯
2025年(令和7年)9月、66歳となった新浪剛史氏は一身上の都合によりサントリーホールディングス会長を辞任しました。会社発表によると、8月22日に新浪氏自身から警察の捜査を受けているとの報告があり、企業統治上の観点から外部弁護士による聴取が行われました。
新浪氏は「適法との認識で購入したサプリメントに関して捜査が行われた」と説明しましたが、会社側は極めて深刻な事案と判断。9月1日付で提出された辞表は受理され、翌2日に辞任が正式に発表されました。サントリーにとっては、創業家以外から初めてトップに立ち、10年以上にわたり経営をけん引してきた人物の突然の退任となりました。
経営哲学と名言
新浪氏は経営について「論理と同時に直感が重要」と語ります。代表的なフレーズには以下のようなものがあります。
- 「経営はサイエンスであり、同時にアートでもある」
- 「競争なきところに革新は生まれない」
- 「挑戦して失敗した人にバッテンをつけてはいけない」
これらの言葉は、多様性を尊重しながら新しい発想を重視する彼の経営姿勢を端的に表しています。
著書と関連書籍
新浪剛史氏については、自身や周囲が執筆した書籍も多く存在します。
- 『個を動かす ― ローソン作り直しの10年』(池田信太朗著)
- 『ローソン再生、そしてサントリーへ プロ経営者 新浪剛史』(吉岡秀子著)
- NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」DVD『コンビニ経営者 新浪剛史の仕事』
これらはリーダーシップや企業変革のケーススタディとして、多くのビジネスパーソンに読まれています。
まとめ
新浪剛史氏は、横浜での学生時代から鍛えた文武両道の精神をもとに、慶應・ハーバードでの学び、そして三菱商事やローソンでの経験を経て、サントリーを率いる立場に立ちました。直感と挑戦を重んじる姿勢は、多くの改革を実現させ、経営者として大きな足跡を残しています。
その一方で、2025年には会長を辞任するという大きな転機を迎えました。長年にわたり業界をリードしてきた人物だけに、その歩みは今後も経営やリーダーシップを考えるうえで貴重な参考となるでしょう。
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